公共ホールでロングラン公演はできるのか

元Twitterで見た、「民間の劇場と競合する首都圏の公共ホールは、買取ではない本来のプロデュース公演、民間では実現出来ないロングラン、そして稽古場の提供こそが重要ではないか。」というポスト。

この記事では、果たして現在の公共ホールでロングラン公演は可能なのかどうかについて考察してみました。

ロングラン公演を実現するための課題

公共ホールが自主事業でロングラン公演を開催するには、まずは貸し館でのロングラン公演を受け入れる必要があるでしょう。
貸し館でロングラン公演を受け入れながら、ロングラン公演のノウハウを積み重ねていくほうが賢明です。

ただし、その場合にはいくつかの大きな課題があります。

施設予約の規定を変更する必要がある

公共ホールの予約には、施設予約に関する規定があります。細かい規定は行政によって変わりますが、大枠はどこも同じような規定になっています。

  1. 施設の利用をするには抽選に参加が必須
  2. 団体登録をしないとホール抽選に参加できない
  3. 営利目的の団体登録は不可
  4. ホール利用は6ヶ月前に抽選で決定
  5. 区外(市外)の団体は抽選に参加できない
  6. 抑えられる区分数が決まっている
  7. 予約システムがロングラン公演に対応していない

ロングラン公演を企画する上でまずネックになってくるのが、施設予約の規定です。この規定自体、貸し館が前提になっているため、ロングラン公演に対応していません。

施設を利用するには、予約抽選に参加する必要があります。
この予約抽選は、予約システムで自動的に行われることもあれば、新宿区のように直接抽選に参加必要するところもあります。

抽選の参加には団体登録が必要です。この団体登録にも、「団体登録は構成員が5人以上で、そのうち3分の2以上の者および代表者が、区内(市内)に住所を有する者か在勤している者であること」という規定があります。
在勤者で団体登録をしても、世田谷区では在勤者で登録した団体は抽選に参加できないという規定もありますので、細かい規定は利用するホールにてご確認ください。

営利目的や法人の団体登録はできません。ロングラン公演をする時点で、営利目的に当たる可能性も高いため、抽選に参加することはまず不可能となります。

また、抽選で決まるのは6ヶ月後の1ヶ月分です。数ヶ月抑える場合は、各月の抽選に参加する必要があります。
ホール利用時間は1日で3区分に分かれていて、抑えられる区分数が決まっています。

ロングラン公演を実現するには、まず抽選と区分の制限を撤廃しない限り難しいでしょう。

ホール以外の施設は貸し館を続行していかなくてはならない

また、公共ホールにある設備は、ホールだけではありません。会議室や練習室、ギャラリー、リハーサル室などもあります。
自主公演でロングラン公演を行うにしても、ホール以外は貸し館として運営を続行していかなくてはなりません。

現在の公共ホールでは、貸し館と自主事業の担当者は兼任していることがほとんどです。
貸し館対応しながらもホールではロングラン公演を開催するには、事務所のスタッフを現在よりも増やしていく必要があります。

指定管理施設に限らずどの施設でもギリギリの予算の中でギリギリの人数で回しているのが現状です。
現場としては人員が増えることは非常に喜ばしいところですが、果たしてロングラン公演を実現するために人件費を増やすことができるのでしょうか。

予約システムの改修

行政の各施設の予約は、一部施設を覗いて予約システムを利用します。これは文化施設に限らず、スポーツ施設なども含まれます。
この予約システムは、ロングラン公演に対応していません。仮に施設予約の規定が変わり、ロングラン公演に対応することになったとしても、予約システムの仕様変更が必要になります。

予約システムのメンテナンスは行政が外部業者に業務委託しており、ロングラン公演に対応する仕様に変更する改修だけでも莫大が予算がかかることが予想されます。

また、システムの仕様が変更になった場合、市内、区内各施設の担当者もシステムの変更点を覚えないといけなくなります。
予約システムを扱う担当者のために研修が必要になる場合、研修費用もかかってきます。
一口にシステムをロングラン公演に対応できるようにするといっても、区内(市内)全施設に関わってくる問題です。

莫大なコストを掛けてシステムの改修をしてまで、ロングラン公演を行えるようにすることのメリットがあるかどうかが焦点になってきます。
それでもシステムが改修される確率は低いので、施設側は手作業で予約の入力と処理、施設使用料と付帯設備使用料の算出など、施設側に負担がのしかかってくることが予想されます。

5年でどうやってノウハウを蓄積するか

ロングラン公演は受け入れ側のノウハウも必要です。1回や2回でノウハウが蓄積されるのではなく、数年掛けて蓄積していく必要があります。
そこで大きなネックになってくるのが、指定管理制度です。

首都圏の公共ホールのほとんどが指定管理制度を導入しています。
指定管理制度の期間は5年間。仮にロングラン公演が実現したとしても、次期指定管理者が別の業者に変更した場合、ロングラン公演のノウハウは継承されません。

指定管理者は、行政に提出した提案書の事業計画どおりに事業を遂行していきます。ホールによって事業本数はまちまちですが、自主事業だけでなく周辺の学校や施設に出張して行うアウトリーチ事業など1年間の中で計画どおりに事業をこなしていかないといけません。
その中で、いつどうやってロングラン公演を入れていけばいいのかという問題があります。

たとえ舞台技術の会社が指定管理業業者だったとしても、事務所スタッフは非正規雇用の業界未経験者が多いというのが現状です。
また、事務職は退職や異動など人員の入れ替わり激しいところが多く、ノウハウが蓄積されていきません。

5年という短い期間でどうやってロングラン公演の体制を整え、ノウハウを蓄積していくべきかは、ホールの現場サイドだけでなく指定管理業者自体が考えていく必要があります。

公共ホールがロングラン公演を行うメリットはあるのか

施設予約の規定の変更、予約システムの改修、人員の増加等、ロングラン公演を実現するための課題は山積みです。

また、公共ホールを利用する方たちは地域住民です。ピアノ発表会やバレエ発表会、定期演奏会や練習利用など、このホールを使ってくれる地域住民の方々によって支えられています。
多くの地元若手アーティストたちが、こうした発表の場を経て大きな舞台へと飛び立って行きます。民謡や舞踊、落語など、伝統芸能は、こうした公共ホールで伝承されていきます。

また、公共ホールは成人式や式典など、行政のイベントを開催する場でもあります。

公共ホールの存在意義に、首都圏だからとか地方だからとか、そういう境界はありません。
果たして、そういった地域住民の方を排除してまでロングラン公演でホールを専有することにどういったメリットがあるのでしょうか。

わたしはこれまでに民間施設でも管理をしてきましたが、どの施設でも利用料金や設備、サービスや企画等で公共ホールと差別化が図られています。
民間劇場でできないことを公共ホールが担うのではなく、公共ホールだからこそできること、民間劇場だからできることを考えていく必要があるのではないでしょうか。