今年も「全国舞台照明技術者会議」に参加してきました。
全国舞台照明技術者会議は、日本照明家協会東京支部主催の舞台照明に関する勉強会で年1回開催されています。若手の照明家や学生・教職員、演劇関係者やホール・劇場関係者などを対象にしていて、協会員でなくても誰でも参加することができます。
今年は座・高円寺での開催で、1日目の内容は第一部が「照明家と現場の安全」と第し、法改正に伴うフルハーネス運用について全国舞台テレビ照明事業協同組合の寺田航氏による講演が行われます。
第二部では、「安全座談会」と第していろんな現場に携わっている方々から安全についてのお話を伺います。
第三部は「協会賞大賞受賞デザイナー(舞台部門)に聴く」。協会賞大賞を受賞した劇団四季の紫藤正樹氏にお話を伺います。
2日目の内容は、第一部が「もう一度考える照明技術の基本」と第して照明ビギナー、学生の皆さん向けにフォーカス作業の基本について取り上げます。第二部では「照明実務のデスクワークと作業効率を考える」と第してエーアンドエー株式会社 横山昌弘氏に仕込み図作成からシミュレ―ション、その他現場実務を楽にする機能について伺います。
今回参加できたのは1日目のみなので、1日目の内容についてレポートいたします。
照明家と現場の安全
厚生労働省が2018年6月に、関係する政令・省令等を一部改正したことにより、2019年2月1日以降、一定の作業においてフルハーネス型墜落制止用器具を労働者に使用させることと、当該労働者に対し特別教育を行うことが事業者に義務付けられたことはご存知のとおりですが、この特別教育で受ける法令改正についての部分について講義が行われました。
法令改正については、特別教育を受けた際に書いた記事をご参照ください。
フルハーネス型墜落抑止用器具の着用義務と特別教育について
高所作業と脚立の使用
今回の改正でフルハーネス型墜落制止用器具の着用が義務化されたことに対して、対応を迫られるのはホールや劇場、アリーナなどで仕事をする照明会社やフリーランスの照明家だけではありません。
労働安全衛生法では2mまでは作業台や脚立での作業が認められていますが、2m以上での作業は高所作業と定められており作業床や囲い、ローリングタワーなどの作業台を使用する、フルハーネス型墜落制止用器具の着用などの墜落防止のための措置を講じる必要があります。
第518条 事業者は、高さが2メートル以上の箇所(作業床の端、開口部を除く。)で作業を行う場合において墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、足場を組み立てる等の方法により作業床を設けなくてはならない。
2 事業者は、前項の規定により作業床を設けることが困難なときは、防網を張り、労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。
つまり、今まで小劇場などで8尺以上の脚立を使用しての照明器具の設置、スピーカーの設置、配線、幕の吊り込みをしていた照明や音響の方もフルハーネス型墜落制止用器具の着用および特別教育の受講対象者となります。
高所作業のできる脚立とは
ここで脚立について触れてみたいと思います。脚立には規格が定められており、今まで2mまでのものを「脚立」といいます。ですので、2m以上の「脚立」と呼んでいたものたちはすべて脚立ではありません。
1000形の最大質量は100kgまで、軽作業に用いる。1300形は最大質量130kg。
天板に乗ることのできる脚立で天板面までの垂直高さが 800 mm 以上のものにあっては,上枠がなければならない。
事業者は、脚立については、次に定めるところに適合したものでなければ使用してはならない。
1, 丈夫な構造とすること。
2, 材料は、著しい損傷、腐食等がないものとすること。
3, 脚と水平面との角度を七十五度以下とし、かつ、折りたたみ式のものにあつては、脚と水平面との角度を確実に保つための金具等を備えること。
4, 踏み面は、作業を安全に行なうため必要な面積を有すること。
- 昇降面を作業対象に向けて作業する。
- 天板の上には、絶対に立たない(脚立の高さが 2mを超えるものでは、上から2段目の踏ざんにも立たない)
- 脚立を跨いで作業をしない
また、高さ1m未満の場所での作業であっても墜落時保護用のヘルメットを着用することが義務付けられています。
以上のような規格や規定を踏まえた上で今までの通り作業するとなると、40cm以上の作業床が必要になります(安衛則563条)。40cmの作業床を備えており、以上の規格や規定に則って作業のできる脚立は国内では長谷川工業が扱っているLGケージのみです。
しかし、セットとセットの間を縫って作業する、小劇場のような狭いスペースで作業する場合などには適していないため、やはり脚立での作業はフルハーネス型墜落制止用器具を使用しての作業をするしかないのが現状です。
では、フルハーネス型墜落制止用器具を脚立で使用する際に、どこにフックを掛ければいいのかが問題になってきます。今回の講義では、安全ブロックを装着して登り、グリッドやバトンに設置した上で作業するのがいいのではないかということでした。
この脚立作業については、ホール・劇場での作業時にどう法令を遵守するかという点のみに焦点が当てられているので、脚立中心に作業をしている小劇場などの場所において安全確保という観点でもう少しじっくりと議論が行われてきてもいいのではないかというのが率直な感想です。
なお、講義内容の補足となりますが厚生労働省からもはしごや脚立使用に関するリーフレットがありますので、ご一読することをおすすめします。
はしごや脚立からの墜落・転落災害をなくしましょう!|厚生労働省
親綱は誰が張るのか
話はフルハーネス型墜落制止用器具に戻ります。労働安全衛生規則に則って高所作業を行うには、ただフルハーネス型墜落制止用器具を着用していても意味がありません。どこにランヤードを掛けるのかということについても重要なポイントとなります。
第512条 事業者は、高さが2メートル以上の箇所で作業を行う場合において、労働者に要求性能墜落制止用器具を安全に取り付けるための設備等を設けなくてはならない。
キャットウォークやライトブリッジなどの手すりがある場所では手すりに掛ければ問題ありませんが、トラスの上での作業などの掛けるものがないときは親綱を自分たち作業する側が張らないといけません。もし、親綱を張ることのできる技術がなければシミズオクトなどの外注業者に張ってもらう必要があります。
ではこの外注費は誰が負担するのかとなると、制作側に負担をしてもらう必要があるため法令の改正によるフルハーネス型墜落制止用器具の着用義務についての説明をして理解してもらうことと見積もりに盛り込むことが重要です。
現場の安全を守るという意味でも、技術スタッフだけが安全と法令を守るために負担するのではなく、制作も含めた全体で安全衛生について考えていく必要があるのではないでしょうか。
第一部の講義はYou tubeで配信されていますので、ご参照ください。
安全座談会
第2部は、各パネラーとともに安全について話し合う座談会です。
司会進行役は日本照明家協会の技術委員長と副委員長。パネラーは公共施設の施設管理運営経験者、ミュージカルやストレートプレイなどの舞台監督業務を行う会社代表者、主にコンサート照明を手がけている照明会社の照明デザイナー、コンサート系の照明デザインや施工、機材レンタルを行っている会社の照明デザイナー、制作現場とホール管理を行っている会社で大型施設の管理をされている方、そして第一部で講義を行った講師の計6名です。
なお、この第二部では参加者も含めて忌憚のない意見交換ができるように録画及び記録を止めた状態で進行したため、ここでは要約を記載します。
現場での安全意識、業界の傾向など
ヘルメットの着用、高所作業での安全を守るための胴ベルト型安全帯の着用をしてもらう程度だったが、施設管理側が指導する立場として必要と感じ足場などの資格を取った。現在は墜落制止用器具に関する費用をどうするかなどの論議がされている。
業界全体ではフリーランスの舞台監督が多く、経験値がそれぞれ違うということもあって安全に対する規格が統一されていない。現在、舞台監督業界での基準を決められないか有識者会議が開かれている。
パリで日本の作品を上演した際、劇場の規定で高所作業はライセンスを持っていないと作業に参加できないため、日本での高所作業資格の免状をフランス語訳したものとIDを書面で提出する必要がある。高所作業は書面を提出した本人以外は作業できないため、無資格者は指示のみできる。
安全のための作業の効率化について
照明プランナーとして、すべておいての作業の効率化を考えている。吊りたい場所に吊り込む作業の手間がかかる場合は、効果が変わらないのであれば吊り込める場所に吊ったほうが効率がよくて安全性が高まる。
作業時間の短縮のために、ホールでもアリーナでも仮シュートには時間を掛けている。仮シュートの精度を高めることでシュート時間の大幅短縮ができるだけでなく、トラス上の滞在時間の短縮ができること、シュートの時間を巻いたことで明かりを作る時間に回せる、作業終了時間が早くなるなどの利点が生まれる。
芝居の明かりを作るときにトップサスの位置に適切な吊り位置がない場合は、立ち位置をずらしてもらうか別の方法でうまく見える手段を考えている。
施工する側としてはプランナーが決めることは絶対だが、機材の選考に際し同じような効果で軽い方の機材を提案することがある。
大型施設で危険な作業が多数発生するため、全体打ち合わせで注意書きの書類を渡している。作業に取り掛かる前には安全ミーティングを行い、ヘルメットや安全帯着用などの安全に関する周知徹底をしている。
フルハーネス型墜落制止用器具に対する劇場側の対応
今回のフルハーネス型墜落制止用器具の運用はホール・劇場側が一番大変なのではないか。ホール・劇場側には外部業者との労使関係がないため、今までのように貸与することはできなくなる。また、点検義務と安全管理の基準も厳しくなるため、施設側での方向性を決めていく必要がある。
中には安全管理をアピールしたいために、法令よりも厳しい基準にする施設も出てくるのではないか。
また、施設内に垂直階段がある場合、安全ブロックは設備として購入するのか、持ち込んでもらうのかという問題もある。もし施設側で購入していない場合、施設側にないから安全ブロックは使わないというのは済まされなくなる。
フロントサイドが客席に張り出している劇場で打ち合わせの際、フルハーネスの着用及び特別教育を受けていない場合はフロントサイドに上がれないことを通告されたが、当日の人員はまだ特別教育を受けていなかったためフロントサイドをカットするしかなかった。
施設側の告知
時間のない現場で当日、「この場所は特別教育を受けていない者以外は作業できない」と通告されても外部業者と管理側で衝突が起きる可能性があるため、どう対処するべきか。
フルハーネスの着用及び特別教育の受講有無に関しては、小屋打ち合わせのときに通告されても遅い。ホール・劇場の利用予約をした段階で、施設の使用条件に含めるべきではないか。
全国公立文化施設協会(全国の劇場が組織化された団体)では、事前告知などに対する取り組みはまだない。現段階ではそういった動きも見られないため、施設の公式サイト等で告知するするのが望ましい。
できれば、公文協などの団体から対象施設に対して来館スタッフへフルハーネスの着用の告知を依頼すべきではないか。また、各館に法令が改正されたことによる安全管理の見直しを通達し、各館で見直しをする方法が望ましいのではないか。
公共施設の場合は、管理運営側から情報を上げない限り上層部に法令改正の情報が伝わることは難しい。まずは管理運営者から作業者の安全を守るために対策をお願いするという形で提案をしていくのが望ましいのではないか。
また、照明家協会などの組織が提案という形で施設の上層機関などに働きかけて浸透させていくべきではないか。
照明以外で特別教育を受けるべきか
舞台監督でも大道具で入りことがあるため、2m以上の高所で作業することもある。ただ、どうやって資格を取らなくてはいけないことについて浸透させていくのかが課題。
テレビ業界ではテレビ局から言われた照明さんや美術さんが特別教育を受講していたが、受講した人の話を聞いた音声さんやカメラマンも自分たちも受講しないといけないと感じて受講するようになった。
業界全体でどう法令に対処していけばいいのか
先程出てきたような、フルハーネスを着用しないと登れないような危険なフロントサイドはなくすべきではないのか。また、サスに関しても何かあったらすぐに降ろして対処できるようにして、登らなくてもいいような仕組みができないのか。
作品を作るという仕事と、安全や効率的な作業をどう成立させていくか総合的に考えていかないといけない。
安全に対する意識
経験を積んでいない新人や資格を持っていない若手ばかりが危険なわけではない。逆に経験を積んでいるからこそ起きる事故もある。
本来ならローリングタワーで手の届かない場所は一度降ろして移動すべきところを、ローリングタワーのかごから身を乗り出して手を届かせる人が喜ばれるというような経験だけで危険行為を行うことがあったが、決して安全だったわけではなく何度か危険な状態になったことはあった。
経験を積んでいるからこその慢心と安全に対する意識の低さを意識改革をしていくべきか。
一番最初に安全について学ばないといけないのに多くのテキストで最後の方に書かれていることもあって、事業所としても安全に関する教育があまりなされていない。
日本照明家協会の技能認定1級受験のための事前講座である中央講座では、初日の1コマ目では安全講座から始めていて意識改革をしてから3日間受講してもらっている。
フルハーネスは正しい装着がされていることが大前提なので、自分の命を守るための器具を正しく安全に使うという意識は高めていくことが大事。職場の上司が声がけをする、セクションを越えて指摘をするという意識を持っていかないといけない。
ハーネス着用に対する権限
建築業界と違い、全セクションが元請けとして並列している状態で施設側から利用者側に対してハーネス着用に関する権限はないが、ハーネスを着用しないと設備を使用させないということはできると思うのだが、その点はどう対応するべきか。
ハーネスの着用を伝えたにもかかわらず着用しなかった場合に作業を止められるかと言ったら、そこは難しいのではないか。
アマチュアやボランティアに対する対応
学生でインターンやバイト登用で交通費が発生する場合には特別教育が必要になる。しかし、教育の場合は特別教育は必要がない。
特別教育はある程度の経験を積んだプロフェッショナル業務であるという前提で行われているため、労使の発生しないボランティアの場合は高所作業は難しいのではないか。
高校演劇への対応
高校演劇はホール側がやるべきなのか、学生にやらせてもいいのか。
全国大会では日本照明家協会、舞台監督協会、音響家協会、美術家協会と協力して技術セミナーを行っているが、生徒はSSの置き方、ホリゾントの影出しの方法を照明スタッフと共に行っただけでブリッジには一切登らせていない。
地区大会や県大会の実情はわかっていないが、協会の方針としては高所に登らせないという方針。
協会賞大賞受賞デザイナー(舞台部門)に聴く
第3部に関しては、実際に観てもらったほうが早いのでYouTubeに動画が上がったらこちらに掲載します。
締めくくり
今回1日目に関していえば、やはり法令改正によるフルハーネス着用についての内容が一番多かったセミナーでした。
今回参加された方の感想も載せておきます。
全照協(全国舞台テレビ照明事業協同組合)の指針に従うとすれば、本当にこの通りです。
「フルハーネス」は全照協が新規格に則った製品を販売することになっています。
「特別教育」は全照協に頼むと出張講座を開いてくれます(1人1万円位?)。
どうしてこんなことになってしまったのか… https://t.co/UfRnWvOHjV
— Tamotsu Iwaki (@TamotsuIwaki) 2019年2月18日
照明家協会は「照明家個人」のための団体であり、一方、全照協は「照明事業者」の団体です。つまりこの2つの団体は基本的に〈労〉と〈使〉の関係なので、利害が一致しないのは当たり前で、むしろ、利害がある程度対立しているほうが健全であるとすら言えます。
(私見ですが)— Tamotsu Iwaki (@TamotsuIwaki) 2019年2月18日
法令と全照協指針の混同が見受けられることは確かですが、もう一つ混同があって、(1)「法令違反を避ける」ことと、(2)「実際の安全を確保する」ことの混同です。
法令を守ってさえいれば安全が確保される、とは言い切れません。
(1)と(2)が、一致することが本来は望ましいですが、現実はズレています。— Tamotsu Iwaki (@TamotsuIwaki) 2019年2月19日
ですが逆に、「全照協の指針に従えば法令違反を防ぐことができる」、これは合ってます。
つまり、全照協の指針は、法令の文言の中の曖昧な部分を「厳しめに解釈」していると考えれば良いと思います。— Tamotsu Iwaki (@TamotsuIwaki) 2019年2月19日
「もし事故があった時に責任を問われる側」の立場からすれば、「危ない橋は渡りたくない」と考えるのは、無理もありません。
— Tamotsu Iwaki (@TamotsuIwaki) 2019年2月19日
皆さんの感想を読みながら、確かに法令と全照協の指針が混同しているいうのはくらげ自身もありました。ただ上記ツイートにあるように、「全照協の指針に従えば法令違反を防ぐことができる」ために厳しくした指針と考えておけばいいのかもしれません。
しかし、法令遵守をすれば自分自身の安全を守れるというわけではありません。施設の設備の問題や脚立の問題に関してはまったく解決していない状態で法令改正が行われたため、より現場は混乱をしているというのが現状です。
また、講師の話に関してはどうやって安全を守るかというよりもどうやって法令違反しないかということの話が多いという印象を感じました。
また、高校演劇やアマチュアに対する対応は特にホール管理側が抱える問題のひとつですが、この点はもっといろいろな意見がほしかったなと感じました。
特に高校演劇に関しては各ホール・劇場のローカルルールで対応している状況なので、地区大会から全国大会までの大会基準みたいなものを全国高等学校演劇協議会と日本照明家協会で取り決めをしてもらえれば、もう少し対応も変わってくるかもしれません。
そういった意味でも、もう少しホール・劇場管理の方々の参加がほしかったなと思うのが1日目の感想です。