舞台照明の役割とは。顔を明るくする必要の有無

舞台照明の役割として「登場人物を明るくする」こと、とりわけ、その顔を明るくすることが大事だということが、よく言われます。
ですが、「顔を明るく」することが、いつでも例外なく絶対に必要かというと、そうでもないケースもあります。

顔を明るくする必要があるかないかは、いったいどんな要因で決まって来るのかについて、考えてみましょう。

顔を明るくする必要がある時

顔を明るくする必要がある時というのは、大雑把には、「観客が顔を見たい時」と言い換えることが出来ます。
観客が顔を見たいからこそ、明るくしなければならないということになるのですね。

では、観客はどういう時に顔を見たいと思うのでしょうか。いくつかのケースが考えられると思います。

出演者が声を発している時

人の声が聞こえてきたとき、人間は本能的に、「その声を発しているのは誰か」を探します。そして、声を発している人を見つけたら、その人がどんな顔で(どんな表情で)声を発しているかを見ようとします。
ですから、舞台上に声を発している人がいたら、その人の顔を明るくして表情を見せてあげないと、観客にとってはストレスになります。

舞台で、出演者が声を発するケースは、色々な場合が考えられますが、例えば、

  • 講演や式典での発言、発表
  • 演劇や朗読の台詞
  • 歌唱(独唱・合唱、ボーカル、コーラス)

などがありますね。
これらのケースでは、原則として観客はその人の顔を見たいと感じており、したがって、照明の役割としては、その人たちの顔を明るくしてあげる必要があると言って良いでしょう。

顔の表情が表現として重要な時

声を発していなくても、顔の表情を見たいと感じる場合はもちろんあります。

例えば、演劇作品で、三角関係にある三人の登場人物がいるとして、そのうち二人が黙って向かい合っているのを、残りの1人が少し離れた場所からじっと見ている、というシーンがあったとしましょう。それを見る観客は、三人がいったいどのような関係にあり、互いにどのような感情を持っているかを、それぞれの表情から読み取ろうとするでしょう。このような時は、声(台詞)を発していなくても、人物たちの顔を明るくして、表情をしっかり読み取れるようにしてあげる必要があると考えられます。

演劇に限らず、舞踊や音楽の舞台であっても、出演者の顔の表情が表現として重要な役割を担っている、そしてそれを観客が見たいと感じているケースはあります。

舞踊の内、クラシックバレエやジャズダンスのようなジャンルでは、振り付けの一環として、相手役や客席への視線もしっかりと考慮されます。ですから、顔の表情も舞踊表現の一部だと捉える必要があります。したがって、照明によって顔をしっかりと明るくし、表情がよく見えるようにする必要があると考えるべきでしょう。

また、音楽演奏においても、たとえば楽器演奏のソロパート部分などは、演奏者の顔や手に観客の視線が集中するでしょう。楽器演奏者の顔の表情は、音楽表現の一部だとまでは言えませんが、それを観客が見たいと感じるという意味で、やはり、しっかりと明るくして表情が見えるようにしたほうが良いケースが多いでしょう。

出演者が声を発していない場合で、その顔の表情を見せた方が良いケースをまとめると、下記のようになります。

  • 演劇の登場人物全般
  • クラシックバレエやジャズダンス全般
  • 楽器演奏者のソロパート

もちろん例外もありますので、その時の演出意図をよく理解した上で決めるということが大切ですが、一般論としては、上記に例示したジャンルは出演者の顔を明るく見せる必要がある場合が多い、と考えて良いでしょう。

顔を明るくする必要が無い時

顔を明るくする必要が無い時というのは、実際にはあまり多くはありませんが、まったく無いというわけでもありません。上述の話を逆に考えればわかる通り、顔を明るくする必要が無いとすれば、「観客が顔を見たいとは特に思っていない時」、ということになります。

たとえば、仮面やお面をつけることによって顔の表情自体が隠されている場合、その顔をずーっと明るくしておかなくても大丈夫な場合が多いと考えられます。
演劇等で、10人のコロスが全員同じお面をつけているといった時は、そのお面をつけた全員の顔をことさら明るくしなくても(あるいは明るくしないほうが)良いということも考えられます。もちろんその場合も、「お面をつけた顔は暗くても良い」と機械的に判断するのではなく、その時その時の演出意図によって決定するべきであることは当然です。

ちなみに、能や狂言の場合にも面(能面・狂言面)が使用されますが、それらの場合は、演者が顔(につけた面)の向きを繊細に調整することによって面の明るさを加減し、様々な表情を作り出します。そのため、演技によって面に適度な陰影を生み出せるように、シンプルでバランスの取れた照明を面に対して与えておく必要があります。

また、仮面やお面をつけていなくても、あえて無表情・無個性な顔で演じることにより、表情から何も読み取ってほしくない、したがって顔をあまり明るくしないで欲しい、という演出も考えられます。

舞踊の場合、演劇に比べると、全体的に顔よりも身体全体の動きや形のほうが表現の重要な要因となります。ですから、舞踊と演劇とを比べた場合、舞踊のほうが相対的に顔の表情の重要度は低いと言えます。ただし、前述したようにクラシックバレエやジャズダンスではある程度顔の表情も重視されることは間違いありません。しかし、コンテンポラリーダンスやヒップホップといったジャンルの場合、顔の表情の意味合いがかなり小さいこともしばしばあります。そのような場合、顔の明るさを明るくしなくてよいケースも十分に考えられます。

また、ロックやポップスのコンサートにおける、ボーカルやコーラス以外(楽器演奏者)も、ソロパートのような目立つ局面でない時は、必ずしも顔の表情が見えなくても良いケースが多いでしょう。ロックやポップス系のコンサートにおいては、必ずしも出演者全員の顔の表情をずっとしっかり見える状態にしておくという必要は、必ずしも無いと言って良いと思います。

いずれにしても、くどいようですが、「この時はこう」と機械的に判断するのではなく、その時々の演出意図をよく理解した上で決めることが大切です。

まとめ

顔を明るくする必要がある=顔が見えることを観客が望んでいる

  • 講演、式典
  • 演劇全般
  • 歌唱全般
  • クラシックバレエ、ジャズダンス
  • 楽器演奏のソロパート

顔を明るくしなくても良い=顔が見えることを観客が必ずしも望んでいない

  • 仮面等によって顔の表情が隠されている時
  • コンテンポラリーダンス、ヒップホップダンスで顔の表情が重要でない時
  • ロックやポップスの楽器演奏(目立たなくて良い時)

上記はあくまで大まかな「傾向」を示したもので、「法則」や「原則」ではありません。安易に機械的に判断するのではなく、あくまで、その時々の演出意図を深く理解した上で決めることが大切です。