首都圏の公共ホールは、民間劇場の経営を圧迫しているのか

先日、都市部に貸館中心の公共ホールは要らないという記事を読みました。
その記事は、ある民間劇場の閉鎖に際して書かれた公共ホールの批判記事を元に書かれています。

都市部に貸館中心の公共ホールは要らない | fringe blog
麻布die pratzeの閉館について| die pratze blog

記事の内容は、公共ホールが民間劇場の運営を圧迫しているというもので、かなり想像で書かれている部分が多くあります。
書かれてからすでに18年が経過していますが、その批判の多くがおそらく世間一般でそう思われている公共ホールの姿ではないかとも思いました。

この記事では、果たして本当に公共ホールは民間劇場の経営を圧迫しているのかどうかについて考察してみました。

考察を書く前に

まず、先にこの記事を書く上で筆者の経歴について簡単にご紹介します。

これまで3社の照明会社に所属し、首都圏のホールや劇場で照明担当としてホール管理業務に携わってきました。
これまでに携わったホールや劇場の数は、民間の劇場や多目的ホール、ライブ会場、音楽専用ホール、行政直営の公民館、指定管理制度が導入されたホールなど合わせて12館に上ります。

うち1年間は、指定管理制度の内情を知るために、事務職に転向してホール運営を経験しています。

公共ホールってどういうもの?

公共ホールについてざっくり説明すると、行政が所有する公立の文化施設のことを指します。規模や施設名は様々ですが、文化会館、公会堂、市民ホール、区民ホール、文化センター、地区センター、中央公民館などがあります。

一昔前は、行政が直接運営していましたが、地方自治法の一部改正より2003年に指定管理制度が施行されてからは、指定管理制度を導入して民間企業に管理運営を委託するホールが大半となっています。

公共ホールは家賃や人件費を払わなくてもいい?

家賃や人件費を支払わなくてもいい上に、自治体の劇場を対象とした基金も複数作られていて、どうして赤字が出るのでしょう。
麻布die pratzeの閉館について| die pratze blog

公共ホールは家賃はかかりませんが、複合施設の場合は管理費を支払っています。
また、設備の維持のための莫大な運営コストが掛かっています。

  • 電気代
  • 空調設備
  • 館内の電球、蛍光灯
  • 下水道
  • 駐車場設備
  • 舞台機構の保守点検
  • 音響設備の保守点検
  • 舞台照明設備の保守点検
  • インターネット利用費
  • 電話回線
  • 清掃備品や消耗品
  • 全館のトイレットペーパー
  • 水道代
  • 事務機器のリース代
  • 給湯設備
  • コピー用紙やインク
  • 事務用品
  • ピアノの定期調律
  • エレベーターの保守点検
  • 自動ドアの保守点検
  • ダスキン
  • 防災設備の保守点検
  • 夜間警備システム

ざっと挙げてみましたが、これはほんの一部です。
建物や設備の規模によりますが、文化会館や芸術劇場などの大規模な施設では維持管理だけで1,000万円以上は行っていると思われます。

電気代だって馬鹿にできません。面積が広くて断熱効果も低いため、冷やすにも暖めるにも時間がかかります。
ピアノ庫は湿度と温度の管理のために一年中空調は回しっぱなしです。湿度の高い時期は除湿機を回しています。

たとえ自主事業で黒字を出していても、電気代だけで赤字になるほどの額です。

ホールは区や市の職員だけで運営しているわけではありません。委託業者の人件費が掛かっています。

  • 舞台技術スタッフ(2名以上)
  • 清掃スタッフ(2名以上)
  • 警備スタッフ(2名以上)
  • 設備管理スタッフ(2名以上)
  • 駐車場管理スタッフ(2名以上)

監視カメラのある意味

劇場は、一般的な常識や価値観を覆してきた場所であったはずです。一般的な社会にとって危険なものを行為するかもしれないから、隔離して「そこの中だけは自由にしてもいい」という空間のことだったのではないでしょうか。公共の劇場は、今でも基本的な態度は変わりません。それは監視カメラで始終、使う側を監視していることからも分かるでしょう。私たちはそんなに監視されなければならないのでしょうか。お許しを得なければ、してはいけないのでしょうか。
麻布die pratzeの閉館について| die pratze blog

どのホールでも、監視カメラは設置しています。でもそれは、危険な演劇人たちを監視するために設置されているものではありません。
スーパーなどのお店にある監視カメラだって、今そこで買い物している人たちが万引きするかもしれないから始終監視をしているわけではないのと同じです。それをいちいち終始監視されていると気にしながら買い物をしますか?

とはいえ、ホールの利用者は老若男女様々な方がいらっしゃいます。目の届かないところで備品が壊されてしまうことだってあります。故意でないにしろ、それを黙って帰ってしまう利用者もいらっしゃるのです。
壊された備品は区民や市民の皆様の血税で購入されたものです。基本的に弁償していただきますが、壊した人が分からなければ管理側で直すしかありません。完全に泣き寝入りです。監視カメラの記録があれば、ある程度の特定が可能です。

また、練習室で倒れている方がいらっしゃるかも知れません。利用終了時間に気付かずに練習に熱が入ってしまっている場合は、様子を窺いつつ内線を入れることもあります。

どこにでも監視カメラがあるこの時代に、公共ホールにだけ目くじらを立てられても、困ってしまいます。

公共ホールは役人の利権を守るための劇場運営なのか

今の劇場のあり方は、依然として、役人自身の権益を守るための劇場運営であって、いいものを創り出そうなどと考えているわけではありませんし、理念もありません。
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もう進行してしまっている劇場計画なり、既に作ってしまったものは止めることはできないかもしれません。
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わたしは、全くその逆だと思っています。公共ホールは役人自身の権益は守っていませんし、劇場の進行計画はあっさりと市民や区民の声でひっくり返ります。
権益を持っているのは、首長でも役人でもなんでもなく、「◯◯協会」という名の文化団体、地元有力企業、地元有力団体、地元有力者、建物の地権者、地元議員です。

ある首都圏のホールで、改修案が持ち上がりました。そのホールには音響反射板設備がなかったため、音響反射板のほしい団体と反響板は必要ない団体で意見が対立していました。
ちょうどその時期に現市長の任期が満了となり、改修派の現役市長は落選し、新ホール建設派の市長が当選。新ホールは折衷案として音響反射板が格納できる多目的ホールが建設されました。

また、他の市でも新しい劇場の計画が進んでいたにも関わらず、いろいろあって現市長が退任。新市長のもとで新しい劇場計画が一から進められたこともありました。

どちらの市も、担当した役所の担当部署と担当者は、相当意見をまとめるのに苦労し、振り回されてきたのではないでしょうか。
それでもホールが完成し、現在稼働しているのは二転三転する意見や計画書を必死で取りまとめてきた職員たちの努力のおかげです。決して、権益のためにふんぞり返っているわけではありません。

そもそも、「役人」というのはどなたのことを指しているのでしょうか。役人の権益というのは、誰が具体的に享受しているのでしょうか。
行政の組織には、それぞれ部署があり、その下に各課、さらに各係があります。この組織の中に、果たして権益を享受できる役人というのは存在するのでしょうか。

実際には存在しない、「権益を守る役人」という加害者を仕立て上げ、被害者を演じるというのはいかがなものでしょうか。

公共ホールなら赤字でもいいのか

家賃や人件費を支払わなくてもいい上に、自治体の劇場を対象とした基金も複数作られていて、どうして赤字が出るのでしょう。そしてそこと民間の劇場が競争することが、本当に正しいことなのでしょうか。
僕は、公共の劇場は赤字でもいいのではないかと思っています。無駄遣いをするのではなく、いい作品を創ろうと切磋琢磨することに労力を費やすならば、赤字でもいいのではないでしょうか。それならば例え税金がかかっても、文句は言われないでしょう。
麻布die pratzeの閉館について| die pratze blog

家賃がかからなくても、民間と比べて莫大な設備管理コストと人件費がかかる公共ホールは、よほど自主事業で黒字を出さない限りは赤字スレスレのところが多いのではないでしょうか。
それでも、どのホールもなんとかギリギリのところで回して、市民サービスの低下を防いでいるのです。

赤字だからといって予算が削られた結果、真っ先に切り捨てられるのは人件費です。清掃スタッフが削られて、トイレが汚れたままになるかも知れません。ゴミがそこら中に落ちているかも知れません。

舞台スタッフが削られて、今までやってもらえたことができなくなるかも知れません。ピアノの発表会なのに、ピアノの先生が照明スタッフを探さないといけなくなるかも知れません。

次に保守点検費用が削られます。舞台機構の保守点検が削られた結果、開くはずの緞帳が途中で止まってしまうかも知れません。マイクの音が途中で途切れてしまうかも知れません。
照明設備が煙を出すかも知れません。スプリンクラー設備が作動して大切なセットが水浸しになるかも知れません。音の狂ったピアノを演奏しないといけないかも知れません。

節電のためにきらびやかにご来場者をお迎えするはずのロビーは、照明が間引かれて薄暗く、楽屋に続く廊下は薄気味悪いほどの暗さ。
冷暖房は設定温度が抑えられて、夏は暑く冬は寒い。

舞台照明は、電球を購入する予算がないので、使える機材がごくわずか。

赤字で公共ホールが運営できなくなるってそういうことです。

公共ホールの管理者は傲慢なのか

日本の公共劇場を時折利用すると、全て管理するという態度で接してきます。自分たちは規則を守ることだけが仕事であって、その規則違反を注意し行為をさせなくすることを劇場運営だと思っているようです。何をすべきかがまったく分かっていない態度で、規則以外のことを考えようともしません。その態度は、範囲を超えるものは「危険分子」とみなす、という考え方でしかありません。あるのは、もし、そこで危険なことなどが起きたら、自分達自身が責任を取らなければならなくなってしまうという保身体制だけです。それが、今の日本のシステムだからです。事なかれ主義は、劇場現場まで同じなのです。
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公共ホールを管理運営するというのは、常に市民や区民の監視の目にさらされているということです。利用者には様々な方がいらっしゃいます。
ほんのちょっとした対応が気に食わなかった、ちょっと注意したというだけで口調や市長に直接クレームを言う方や、「俺は市長と知り合いだ」とか「俺は◯◯議員(地元の有力議員)と知り合いだ」などと脅迫めいたことをおっしゃられる方もいらっしゃいます。

常に笑顔で優しく丁寧に。それが公共ホールの管理運営する上での基本姿勢です。

公共ホールは演劇のためにあるのではない

都市部なら同じ予算で無数のスタジオを持った大規模稽古場施設をつくったほうが、日本を代表するアーツセンターとして歴史に名を残すことが出来るのに、なぜ首長も議会もそれに気づかないのでしょうか。
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たとえホールが乱立している首都圏でも、公共ホールは地域住民が文化活動の拠点にしている場所です。また、地域の文化を守り次世代に継承していくためでもあります。

中学や高校吹奏楽の定期演奏会や区民(市民)吹奏楽団の定期演奏会、ピアノ発表会、バレエ発表会、民謡舞踊発表会などが毎年定期的に開催されています。
たとえアマチュアの演奏会や発表会でも、出演者にとっては大切な晴れ舞台です。また、若手アーティストたちの育成の場でもあります。

公共ホールは、演劇のためだけにあるのではありません。

なぜ公共ホールは民間劇場だけを圧迫しているのか

ただ、民間を圧迫するのは止めて欲しいのです。貸し劇場方式は止めて、1ヶ月に1本の作品しかやらないとか・・・。
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公共ホールにはあるのは、ホールだけではありません。広くて自由なレイアウトができる上に、ピクチャーレールやレールライトも完備しているギャラリー、アンプやキーボード、ドラムが格安で借りられて防音設備のある練習室、広くて音響設備のあるリハーサルスタジオ、プロジェクターや音響設備のある会議室、アップライトやセミコンのピアノが使える練習室が完備されています。どの部屋も安く借りられるので、稼働率もホールと比べて抜群に高いです。

民間にもギャラリー、音楽スタジオ、貸しスタジオなどがありますが、公共ホールが民間経営のギャラリーや音楽スタジオを圧迫しているなどというクレームは見たことがありません。
民間の劇場も演劇やコンサートなどのイベントが絶え間なく入っていて、稼働率もそこそこあります。どうして、公共ホールは民間の小劇場だけを圧迫しているのでしょうか。わたしには理解できません。

そもそも、せっかく防音設備完備の広い練習室やスタジオを完備していて、駅からの利便性もいいのに、演劇の練習で使われているのを見たことはありません。アマチュア劇団が公共ホールで公演しているところにもほとんど出会ったことがありません。
公共ホールばかり使って民間劇場を圧迫しているはずの劇団は、一体どこで練習や公演をしているのでしょうか。

まとめ

制約の多い公共施設の運営と比べて、民間経営というのは極めて自由です。維持管理コストも、公共ホールに比べたら格段にコストは低いです。
売上を伸ばすために、やり方はいくらでもあるということです。そこは経営者の手腕が試されています。

公共ホールと同じ設備のあるギャラリーや音楽スタジオは、公共ホールを目の敵にはしていません。
また、民間ホールも公共ホールを目の敵にはしていません。

なぜ、民間の小劇場だけが赤字になるのか。公共ホールを目の敵にする前に、まず自分たちで原因を探ることと、何を変えていけるのかを考えていくべきではないでしょうか。

2023/8/15 追記

fringe bligにて、この記事に対する回答をいただきました。

そらいろくらげさんへの応答 | fringe blog

記事が18年前に書かれていたものであることは前提で記事を書いていたのですが、その中に書かれた以下の文については全く知りませんでした。

私の知る1990年代~2000年代前半は、真壁茂夫さんの書かれているような風潮は少なからずあったと思います。私も同様に感じた部分はありました。いじめたほうは覚えていないけれど、いじめられたほうは一生忘れないのと同じで、過去にそういう時代があったことは知っていただきたいと思います。
そらいろくらげさんへの応答 | fringe blog

次に、私が公共ホールと書いているのは、あくまで舞台芸術を専門にしている国や地方自治体などの劇場を想定しています。劇場法(劇場、音楽堂等の活性化に関する法律)第2条に定義されている「劇場、音楽堂等」です。それ以外の多目的ホールや公民館などは含んでいません。そらいろくらげさんとはこの前提が異なるので、意見が噛み合わないのだと思います。私も日本の習い事文化、発表会の重要性は理解しています。そうした裾野の広さが、日本独特の芸術文化を育んできたのであり、その会場として多目的ホールや公民館があるのだと思います。その存在を否定したことは一度もありません。

そして、この記事で書かれている「公共ホール」と、下記の2つの記事で書かれている「公共ホール」の前提が全く違っていました。この記事で書いている「公共ホール」は多目的ホール、公民館であるのに対し、下記2つの記事では「劇場、音楽堂等」です。
都市部に貸館中心の公共ホールは要らない | fringe blog
麻布die pratzeの閉館について| die pratze blog