池袋にある東京芸術劇場では、毎年多岐にわたるテーマで舞台技術セミナーが開催されています。
7回目となる2017年は、『自分の安全、守れていますか?』というテーマで8月30日に開催されました。
舞台の仕込みやバラシ作業では規さまざまな危険が潜んでおり、下手すると大事故になりかねないような小さな事故がいくつも起きています。
装置や舞台機構が大掛かりな現場だけでなく、小さな事故は小さな現場でも起こりうることでもあります。
くらげはあまり大きな現場には出ませんが、小屋付きとして現場従事者として自分の身は自分で守るべく安全というものに対して再度認識をすべくセミナーに参加することにしました。
セミナー会場は東京芸術劇場の中ホールにあたるプレイハウス。その舞台上に椅子を並べて話を聞く座講形式で、セミナー講師はすべて東京芸術劇場のスタッフです。
あたまを守る
まず最初は、頭の安全です。頭をどう守るかについて話を聴いていきます。
あたまの安全を考える
東京芸術劇場は公共劇場舞台技術者連絡会で「劇場には貸出用の保護具はありますか?」との質問をし、14館の回答を得ています。そのうち、13館が「ある」と回答、1館「ない」という回答でした。
しかし、「ない」という館も貸出用はないが忘れてきたら貸し出しはしているため、ほぼすべての館が貸し出しをしているといえます。
保護具はどういったものかという質問に対しては、「ヘルメット」「安全帯」「ハーネス」という回答でした。
そういったこともあり、保護具としてヘルメットを使用するというのは主流になってきています。
一方で、保護具を使用していない現場がまだまだ多く残っているということもあり、道路交通法のように規制はできないのかということを調査しましたが、明確には「ヘルメット」という指定は出てきませんでした。
第538条
事業者は、作業のため物体が飛来することにより労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、飛来防止の設備を設け、労働者に保護具を使用させる等当該危険を防止するための措置を講じなければならない。
第539条
事業者は、船台の附近、高層建築場等の場所で、その上方において他の労働者が作業を行なっているところにおいて作業を行なうときは、物体の飛来又は落下による労働者の危険を防止するため、当該作業に従事する労働者に保護帽を着用させなければならない。
2 前項の作業に従事する労働者は、同項の保護帽を着用しなければならない。
第518条
事業者は、高さが二メートル以上の箇所(作業床の端、開口部等を除く。)で作業を行なう場合において墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、足場を組み立てる等の方法により作業床を設けなければならない。
2 事業者は、前項の規定により作業床を設けることが困難なときは、防網を張り、労働者に安全帯を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。
労働安全衛生規則 第九章 墜落、飛来崩壊等による危険の防止 (第五百十八条-第五百三十九条の九)
事故が起きた場合は誰の責任か
ヘルメットを着用していない作業者が頭に怪我をした場合、作業者に過失があります。また、その作業者と雇用契約を結んでいる会社の責任も発生します。
ここまではごく当たり前のことですが、劇場の所有者には責任はあるんでしょうか。その劇場の所有者、つまりその建物を所有している行政もしくは企業になりますが、この場合は建物に瑕疵があるかどうかが判断基準になります。
例えば、手すりの必要な場所に手すりがなかった、あったとしても強度が低かった、あってはいけないところに段差があったなどが当てはまります。
また、占有者、管理責任者の責任も問われます。この場合は、安全配慮義務違反が相当します。この安全配慮義務違反というのは法律による明確な規定はありませんが、判例法として適用されています。判例法というのは、法律には明確に記載されていないけれど、裁判で裁判官同士の基準みたいなものです。労働災害の現場では、この安全配慮義務違反が必ず検討されます。
この安全配慮義務違反というのは労働契約がなくても生じてくる責任です。舞台監督だけでなく、ホール管理者などなど幅広い範囲で検討されます。
また裁判では業界団体の共通認識にされているガイドラインや監督官庁の通達も検討されます。
なお、東京芸術劇場では劇場等演出空間運用基準協議会をガイドラインとして適用しています。
劇場等演出空間運用基準協議会が作成したガイドラインについてはこちらをご参照ください。
劇場等演出空間の運用および安全に関するガイドライン ver.2(2012)
ヘルメットの種類
では実際に、舞台の作業で着用するヘルメットはどういったものが適しているのでしょうか。基本的には、JIS規格で定められている産業用ヘルメットを使用します。産業用ヘルメットの中でも種類が3種類あります。
- 飛来・落下物用
- 墜落時保護用
- 電気用
また、ヘルメットの材質によっても特性が異なります。材質と特性については下記サイトをご参照ください。
ミドリ安全| 保護帽の材質別特性
飛来・落下物用と墜落時保護用は見た目は一緒ですが機能が違います。墜落時保護用を使用する場合には、衝撃吸収ライナーが付いているかどうかを確認する必要があります。
また、ヘルメットには労働安全衛生規則には保護帽の規格があり、規格で定められた基準の検定試験を受けて合格したメルメットに検定シールが貼られています。カタログなどにも国家検定合格品という表示がされているため、合格品かどうかを確認した上で購入しましょう。
ヘルメットの規格とJIS
ヘルメットの種類の中で、墜落時保護用墜落時のみに有効で転倒時には効果がないのでしょうか。
答えは、もちろん有効です。国家検定の基準では墜落時保護用としか記載されていないだけで、転倒時にも種類のヘルメットは有効です。
労働安全衛生規則に記載している保護帽の規格を互換する意味で、日本規格協会いわゆるJISが細かく定めており、飛来落下物用と転倒転落時保護と記載されています。
労働安全衛生規則では基本的に細かい部分は書いていませんが、細かい部分や国際規格などと整合性を量りながら5年ごとにJISが見直しています。2015年の改正では、転倒・転落時保護用と言う記載に変更になりました。ですので、今後は検定シールの記載も変わっていく可能性が高いです。
ヘルメットの寿命
ABS(熱可塑性樹脂)のヘルメットは3年以内、FRP製(熱硬化性樹脂)は5年以内、装着体は1年以内に交換する必要があります。
下記サイトのデータは、谷沢製作所が828個の使用済みヘルメットを、保護帽の規格に基づく衝撃吸収性の試験を行った結果です。素材の内訳はFRPが300個、ABSが237個です。
データの結果、FRPの5年以内、ABSの3年以内でも不合格が出ています。特に、ABSのヘルメットに関してはどの使用年数でもほぼ割れが生じています。そういった結果から、早めの交換をおすすめします。
谷沢製作所| 保護帽の経年劣化(その2)
ヘルメットの点検方法と着用方法
正しい装着方法は、まっすぐ装着し、ヘッドバンドを頭のサイズに調整し、あごひもを緩みがないようにしっかりと締める。ただそれだけです。
点検方法は、下記サイトをご参照ください。装着方法のイラストも記載されています。
ミドリ安全| 保護帽の取扱説明
なお、セミナー内ではNPO法人 日本舞台技術安全協会製作による安全教育用ビデオでヘルメットの重要性について流していましたが、同じものが見つからなかったため別の映像を用意しました。
参考までにご覧ください。内容はだいたい似たようなことです。
https://youtu.be/irN7pl0w1DE
あしを守る
頭や身体を守る手段についてはだいぶ認識されてくるようになりましたが、まだまだ足を守るということに関してはおろそかになっていることが多いと思います。
足に関してはどうやって守っていけばいいのかについて考えていきます。
足の保護に関する法律はあるのか
東京芸術劇場では雪駄禁止とまではいきませんが、仕込みや撤去時には靴を履くようにお願いしています。ただ、「お願いしている」だけであって、規則としては決めてはいません。
先程のヘルメットのときと同じように、公共劇場舞台技術者連絡会で「仕込みや撤去時に劇場スタッフや外部スタッフに対する、服装や装備のガイドラインはあるか」との質問に対して、14館中「ある」と回答した館は12館、「ない」という館は2館でした。
現在、足の保護に関する法律というのはあるのでしょうか。
第558条
事業者は、作業中の労働者に、通路等の構造又は当該作業の状態に応じて、安全靴その他の適当な履物を定め、当該履物を使用させなければならない。
2 前項の労働者は、同項の規定により定められた履(はき)物の使用を命じられたときは、当該履物を使用しなければならない。
労働安全衛生規則 第十章 通路、足場等
とはありますが、適当な履物という記載のみで明記されている規則についてはありませんでした。
しかし、舞台での作業時に未だ雪駄を履くという方もいらっしゃいますが最近の舞台装置は大掛かりなものやスチール製が増えてきたこともあり、安全性を考えて靴を履く重要性が高まってきています。また、靴の中でも安全靴とスニーカーでは安全性もまったく違ってきます。あしの安全とはやはり安全靴を履くことと言えます。
安全靴の規格について
つま先に芯の入っている安全靴には、「JIS(日本工業規格)」と「JSAA(公益社団法人日本保安用品協会)」が定める2つの規格があります。それぞれ安全性と耐久性を測る試験をし、JIS合格品を「安全靴」といい、JSAA認定品を「プロテクティブスニーカー」と呼んでいます。
JIS規格とJSAA規格の比較
JIS合格品
認定方法 | 甲被素材 | 特長 |
---|---|---|
1.定められた材料を使用すること 2.JIS認可工場で製造すること 3.完成品性能をクリアすること |
革製が主流 革の厚さにも基準があり耐久性も優秀 |
JSAAと比べ素材の耐久性、表底の剥離抵抗などより厳しい基準をクリアしている |
JIS合格品は中敷きと靴底で確認することができます。中敷きにはJIS認定番号を表示しており、靴底にはJISマークを表示しています。
JSAA合格品
認定方法 | 甲被素材 | 特長 |
---|---|---|
1.定められた材料を使用すること 2.完成品性能をクリアすること |
人工皮革製が主流 人工皮革の他、革製とビニルレザー製が認められているが、多くのJSAA認定品は人工皮革 |
JISと比べ耐久性は劣るが人工皮革のためデザイン性が高く軽量でフットワークが良い |
JSAA認定品はベロ裏で確認することができます。ベロ裏にJSAA規格で定める性能を表示しています。
安全靴もプロテクティブスニーカーもインターネットサイトやAmazonでも購入することができますが、安全靴は履き心地が製品によって変わるため、実際に履いて確かめることをおすすめします。
どうやってあしを守るか
状況によって、雪駄が必要な場合やスニーカー、安全靴が必要になる状況も出てきます。
劇場側でスニーカーや安全靴を履きなさいと強制するのではなく、それぞれの履物のいい点と悪い点を考慮した上で作業に適した履物を選択すること、また自分のあしは自分で守ることが必要でなのではないでしょうか。
からだを守る
作業着について考えてみる
仕込みや撤去時の作業には、怪我などの危険性を考慮すると危険な作業時には肌の露出をなるべく減らすことが大切です。
しかし、野外などの暑い現場で長袖長ズボンでの作業は熱中症の危険性がありますし、クラシックコンサートホールではフォーマル服での作業が発生します。ですので、その場の状況やホスピタリティに合わせた服装が大切です。
高所作業でからだを守る
ヘルメット、そして安全靴のことを「個人保護具」といい、PPE(Personl Protective Equipment)と呼んでいます。舞台での仕込みや撤収作業において重要なPPEはヘルメット、安全靴、手袋などが挙げられます。また、舞台作業で特にPPEが重要視されるのは、高所作業です。
公共劇場舞台技術者連絡会で「高所作業での落下防止対策はどのような方法を取っているか」というアンケートを取ったところ、14館中で「安全帯のみ」という館が7館、「ハーネスのみ」が0館、「安全帯とハーネスの併用」が7館という回答結果になりました。
平成28年労働災害発生状況の死亡災害報告では、墜落・転落による死亡災害は全体の4分の1を占めています。これは私たち舞台作業従事者にとって他人事ではありません。
今回は、高所作業に必要なPPEに注目します。
高所作業に必要なPPEは安全帯です。安全帯とは、作業中の労働者の墜落による危険を防止するために用いられる保護具のことをいいます。労働安全衛生規則によって、「安全帯の使用」が義務付けられており、厚生労働省による労働安全衛生法に基づき「安全帯の規格」が定められています。
胴ベルト型安全帯とは
安全帯の種類には2種類あり、多く利用されているのが胴ベルト型安全帯です。胴ベルト型安全帯は、墜落を防止するときに安全帯を着用した者の胴部がベルトにより支持される構造のものをいいます。
胴ベルト型安全帯には、3つの種類があります。
- ロープ式
- 巻き取り式
- ダブルランヤード式
ランヤード(ロープやストラップにフックを取り付けた命綱)と、ベルトにランヤードを取り付けるためのD環で構成されています。
ランヤードを自動で巻き取るための自動巻き取り器が付属しています。ショックアブソーバーが備わっており、落下時の衝撃荷重を低減することができます。
ランヤードが2本付属しており、移動の掛け替え時にも常時ランヤードを掛けた状態を保つことができます。
巻き取り器付きダブルランヤード式
その名の通り、自動巻き取り器が付属しているダブルランヤード式で、一番安全な腰ベルト型安全帯といえるでしょう。
正しい装着方法と装着方法
公共劇場舞台技術者連絡会で「安全帯の装着状況は作業者の作業前に劇場係員が確認をしているか」との質問に対し、「はい」が11館、「いいえ」が3館ありました。また、「安全帯の使用前に使用方法や装着方法をレクチャーしているか」との質問に対しては、「はい」が8館、「いいえ」が6館でした。
この質問の中では11館が「レクチャーしている」という回答でしたが、日本全国で見るとまだまだ少ないと思われます。胴ベルト型安全帯は誰でもかんたんに装着できるものではありますが、正しい装着方法を学ぶ機会がないといえるでしょう。
正しい装着方法や使用方法についてはセミナーでは実際に行われていましたが、下記サイトをご参照ください。
サンコー株式会社| 胴ベルト型安全帯 ロープ式 /正しい使い方
また、正しいフックのかけ方についてはこちらの映像の後半部分(2分18秒から)をご覧ください。
https://youtu.be/irN7pl0w1DE
正しいフックのかけ方は誤った方向へ力がかかるようにしない、ランヤードを巻き込まない、腰の高さよりも高い位置にフックを掛けることが重要です。また、点検と保管についてはメーカーの取扱説明書に従いましょう。安全帯の分解・改造はしないこと、使用・保管環境に注意しましょう。
有効期限・使用期限に関しては法律で定められていませんが、ランヤードは使用開始後約2年、その他ベルトなどは使用開始後約3年です。
胴ベルト型安全帯の取替基準については下記をご参照ください。
胴ベルト型安全帯を装着して落下したらどうなる?
誤った装着方法から起こる事故は、腰骨よりも上にベルトがずれた場合は内蔵圧迫のおそれ、腰骨よりも下にずれた場合は足元から抜けて墜落するおそれ、D管が背中に回った場合は背骨に負担がかかるおそれがあります。
墜落死亡事故のほとんどは安全帯の不使用によって起きています。安全帯を装着していても、使用しないことには意味がありません。しかし、正しく使用していれば落下事故が防げるのかといえばそうではありません。
胴ベルト型安全帯を正しく着用していても、死亡事故は起きています。
実際に起きた事故では、変電所の鉄塔間を移動する訓練中、作業員が高さ10mの電線から墜落。墜落して10分後には意識不明状態に陥り、約30分後には救助されましたが、惜しくも死亡が確認されました。
このことから、胴ベルト型安全帯は決して安全な保護具ではないといえるでしょう。
ハーネス型安全帯
墜落を防止するときに、安全帯を着用した者の身体が荷重を肩・腿等複数箇所において支持するベルトにより支持される構造であるものをいいます。
ハーネス型安全帯の特徴は、身体が安全帯から抜け出す、1箇所に衝撃荷重がかかることを防ぐ、着用者の姿勢が逆さま状態になることを防ぐということです。
ハーネス型安全帯の構造と部位の名前
ハーネス型安全帯の構造と部位の名前については下記サイトをご参照ください。
サンコー株式会社| 安全帯を知る ハーネス型安全帯
ハーネス型安全帯の装着方法
ハーネス型安全帯の正しい着用方法は下記サイトをご参照ください。
サンコー株式会社| 安全帯を知る ハーネス型安全帯 /正しい使い方
着用方法はメーカーによって変わるため、基本的にはメーカーの取扱説明書をよく読みましょう。注意する点としては、ベルトの端が余った場合には収納すること、背部D環が肩甲骨の間か少し上に来るように調整すること、ハーネス着用後にランヤードなどのパーツを取り付ける場合は、第三者に確実に接続できているかを確認してもらうことの3点です。
ハーネス型安全帯の点検と交換
ハーネス型安全帯の耐用年数は、どのメーカーも平均して3〜4年です。
定期点検は、メーカーから定められた期間ごとに点検を行います。どのメーカーでも使用前の点検と、1ヶ月ごとの詳細な点検を推奨しています。点検結果により、不具合等が見つかった場合は廃棄・使用の継続を判断します。
安全帯は正しく利用していても点検を怠っていれば意味がありません。最も重要な事は保護具を正しく知ることであり、取扱説明書の保管時の注意点などを理解し使用前に正しく点検を行うこと、定期的に点検を行うことは大切です。
公共劇場舞台技術者連絡会でハーネスを使用している7館に「ハーネスはどれくらいの頻度で点検をしているか」との質問に対し、「毎月点検している」2館、「一年に一度」が2館、「行っていない」1館、「その他」が2館という回答結果でした。この「その他」というのは買い替え更新をしているということ、買い替えたばかりでまだ点検をしていないということでした。
そのツールを正しく知るということが正しく使う第一歩であり、安全な作業環境を作る基本です。なんとなくや見よう見まねで使用するのではなく、充分な知識と経験を持った人からトレーニングを受ける、またはそのメーカーや販売店が行っているトレーニングを受講することも大切です。
保護具の状態が利用者の安全に大きく関係するということを常に意識しましょう。
胴ベルト型、フルハーネス型安全帯(墜落制止用器具)の構造は下記のサイトをご参照ください。
墜落制止用器具の使用例と各部の名称|FUJII DENKO
からだを守る3つのシステム
フルハーネス型安全帯を使用した場合において、高所における作業で墜落を防ぐために行うことのできるシステムがあります。それが、レストイン・フォールアレスト・ワークポジショニングという3つのシステムです。
ペツル社のハーネス型安全帯を使用しないと難しいものですが、参考までにこういうことができるということを知っておくことも大切ではないかと思います。
高所作業に関する法的な見地
国内の現状
日本国内において高所作業の安全を守る規則は以下のとおりです。
事業者は、労働者が墜落するおそれのある場所、土砂等が崩壊するおそれのある場所等に係る危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。
労働安全衛生法第21条 2項
また、厚生労働省令「労働安全衛生規則」第二編九章第一節「墜落、飛来物等による危険の防止」では、高さ2m以上の高所作業において足場が組めない場合の安全帯の使用について具体的に定めています。
特定機械等以外の機械等で、別表第二に掲げるものその他危険若しくは有害な作業を必要とするもの、危険な場所において使用するもの又は危険若しくは健康障害を防止するため使用するもののうち、政令で定めるものは、厚生労働大臣が定める規格又は安全装置を具備しなければ、譲渡し、貸与し、又は設置してはならない。
労働安全衛生法第42条
昭和50年労働省告示第67号「安全帯の規格」(平成14年に改正)では、安全帯の種類を「胴ベルト型」と「ハーネス型」の2種類とし、その他安全帯の素材や強度、形状についての基準を設けています。
海外の規格
主な海外の規格は、以下のとおりです。
- 国際基準化機構(ISO)規格
- 欧州規格(EN)規格
- 米国安全衛生庁(OSHA)規格
それぞれの規格で共通していることとして、フォールアレスト(墜落を短距離で止める事と墜落の衝撃を緩和するためのシステム)の身体保持具として認められるのは、「フルボディハーネス」のみであるということ、フォールアレストシステムにはショックアブソーバー(墜落時の衝撃を緩衝する機構)またはエネルギー吸収機構が必須とされています。
特にOSHA規格では1998年以降、胴ベルト型安全帯をフォールアレストシステムとして使用することを禁止しています。また、フォールアレストシステムの使用に関しては、適用限界や適切な使用方法、点検や保管などについて労働者に教育することを盛り込んでいます。
- 墜落の危険にさらされる労働者に対して墜落保護の教育を提供する
- 教育したことを書面で証明する
- 理解と技術が充分でないと判断した場合・現場の状況が変わった場合・システムや装備が変わった場合には再度教育を必要とする
- フォールアレストの保護具使用前に使用方法や装備の適用限界、点検、保管について教育する必要がある
国内での新たな動き
国内では過去10年間で6件の死亡事故が発生したこと、欧米などと比べて法令の整備が遅れていることなどを踏まえて、厚生労働省では2016年11月から2017年6月にかけて4回の「墜落防止用の個人用保護具に関する規制のあり方に関する検討会」が行われてきました。
厚生労働省 | 墜落防止用の個人用保護具に関する規制のあり方に関する検討会
厚生労働省 | 墜落防止用の個人用保護具に関する規制のあり方に関する検討会 報告書(2017年6月13日)
厚生労働省 | 参考資料 国内における安全帯に起因する死亡災害事例
墜落防止措置に関する新たな規制、規格のポイントは以下のとおりです。
- 原則としてフルボディハーネスのみをフォールアレスト用保護具として認める
- 原則としてISO規格に準じる
- 墜落防止用個人保護具の使用に関する教育を行う
墜落時にフルハーネス型の墜落防止用保護具着用者が地面に到達するおそれのある高さで作業する場合は、一定の基準に適合する胴ベルト型の墜落防止用保護具の使用を認める。
ただし、基本的な要件を構造規格に規定し、詳細な仕様や試験方法はJIS規格に委ねる。
日本人の体格等も踏まえる。
すでに大まかな科目や実技が決められている
改正のスケジュールにおいては、「JIS 規格の改正の進捗を踏まえ、30 年度初頭に、改正構造規格の告示と JIS 規格の改正を目指すべきである。」とあるとおり、JIS規格の改正作業の進捗等を踏まえつつ、平成29年度から平成30年度にかけて、関係法令等を改正する予定です。
実際に墜落した場合の対処方法
安全帯を着用していても、墜落事故は発生します。そこで、万が一墜落した場合について考えてみます。
1988年に米国で行われたぶら下がり実験例では、胴ベルト型安全帯とフルボディハーネスを着用しぶら下がり状態での限界時間を測定しています。このぶら下がりの限界時間は、被験者の自己申告と血圧などの医学的見解によるドクターストップまでの時間を踏まえて短い方の時間を集計したものです。
厚生労働省 | 墜落防止用の個人用保護具に関する規制のあり方に関する検討会 参考資料
実験の結果から、胴ベルト型安全帯でぶら下がり状態となった場合、耐えられる平均時間は2分以下であること、フルボディハーネスでぶらさがり状態となった場合、耐えられる平均時間は15分程度であるということ、ハーフボディハーネス(シットハーネス)のぶら下がり継続時間はばらつきが大きいため、最近の研究ではばらつきを考慮して9分以内の救助が推奨されています。
しかし、墜落事故が発生してすぐに救急要請をしたとしても消防署の場所が近くにない場合や、大きなセットが建て込まれていてライトブリッジがすぐに降ろせないなど状況によっては15分以内で確実に救助することは難しくなります。
公共劇場舞台技術者連絡会で「作業中に落下し吊られてしまう事故が発生した場合の対応を決めているか」との質問に対し、14館中「はい」という回答は1館だけでした。
OSHAでは「墜落が発生した場合には迅速な救助に備えるか、労働者が事故救助できるようにすることと言う規則があります。一刻も早く救助しなくてはならないときの対応方法を決めておくことが大切です。
このあとは、高所から落下したときの対応として、東京芸術劇場が導入しているペツル社の方々によるペツル社のランヤードに吊り下がった要救助者の救助をするためのデモンストレーションが行われました。
このペツル社のフルハーネスと救助システムを使えば誰でも簡単に救助できるというわけではなく、取り扱い説明書の内容を充分に理解した上でトレーニングが必要になりますが、自分たちでレスキューできるようにするというのは可能なことであり今後高所作業の安全を考えていく上で重要なことではないでしょうか。
ペツル社の救助システムを使用したロ
ープアクセス・ロープレスキュー講習会はペツル社製品を取り扱っているALTERIAのサイトから申し込むことが可能です。
締めくくり
個人保護具の着用は、「言われて装着するもの」という認識がまだまだ多いと思います。くらげ自身、以前いた会社で小規模ホールでもバトンやサスの上げ下げでヘルメット着用が義務化され、「面倒だな」と感じていたこともあります。
しかし、ルールに依存するのではなく「自分自身の身は自分で守る」ということが大切なことではないしょうか。
また、高所作業においても「落ちないことを前提」として認識されていましたが、実際に墜落事故は起きています。墜落事故は起こるものと認識し、墜落したことを前提で落ちても身体的に負担の掛からないフルハーネスを導入し、墜落事故が発生した場合の「舞台に即したレスキュートレーニング」を実践することが命を救うことになります。